「生理食塩水」は実は生理的ではない、と言ったら意外ですよね。
本記事ではその理由を説明し、他の輸液製剤についても堀り下げていきます。この理由を深掘りすると、腎臓の解剖や酸塩基平衡についても詳しくなれますよ!
生理食塩水が生理的ではない理由
結論から述べると、生理食塩水のCl濃度が高すぎることが問題です。生理食塩水は水に塩分(NaCl)を溶かしているため、Na濃度=Cl濃度となっていますが、これは人体にとって非生理的です。
採血結果で細胞外液の組成を見る時、Na濃度を140mEq/Lとすると、Cl濃度の基準値は104mEq/Lとなります。104という数字が重要なのではなく、「Na-Cl=36」となる濃度差が重要になります。
ところが、生理食塩水に注目すると、Na-Cl=0となります。つまり、生理食塩水のCl濃度は非常に高値であるということがわかります。
この点において、生理食塩水は全然生理的ではありません。そのため一部の参考書では、「等張食塩水」や「0.9%食塩水」と呼ばれることもあるのですが、本記事では従来通り生理食塩水の呼称で進めていきます。
前回、Na含有量の多い生理食塩水が効率的に細胞外液を補充できると説明しました。その通りではありますが、実際は細胞外液補充としてリンゲル液(重炭酸リンゲル液、酢酸リンゲル液など)が主に用いられます。
下図に示す重炭酸リンゲル(商品名;ビカネイト)はリンゲル液の一種で、Na濃度は130mEq/Lになります。生理食塩水(Na濃度: 154mEq/L)よりNa含有量はやや少ないものの、リンゲル液も細胞外液量を主に補充することができるのです。
生理食塩水大量投与で起こりうる有害事象
生理食塩水のCl濃度が高いことは分かったとして、具体的に何が問題となるのでしょうか?基本的に、薬品の溶解液として少量を使用する程度ではあまり気にする必要はありません。
具体的な量は不明であるものの、細胞外液の補充目的などで比較的大量に使用する場合、①急性腎障害、②代謝性アシドーシスを来すリスクがあることが報告されています。この2点について、簡潔に理由を説明します。
➀急性腎障害
まずは急性腎障害についてです。下図に腎臓の糸球体と尿細管の解剖を示します。
糸球体で濾過された原尿は、近位尿細管~ヘンレ係蹄下行脚~上行脚~遠位尿細管~集合管を経る過程で必要なもののみ再吸収され、最終的に尿として排泄されます。各尿細管の役割については詳しくは述べませんが、よく話題になるNaイオンの再吸収率は図の通りですので、一緒に覚えておきましょう。
ここで注目していただきたいのは「傍糸球体装置」です。実は糸球体と遠位尿細管は近い距離に位置しているのですが、その間には傍糸球体装置というものが存在しており、情報共有を行っています。
この傍糸球体装置にはマクラデンサ(緻密斑)と呼ばれるものが存在しています。
マクラデンサは遠位尿細管のCl濃度を感知し、腎臓への血液の入口である輸入細動脈を収縮させる役割を有しています。いわばセンサーのようなもので、Cl濃度が高い=尿細管に水分がたくさんある=原尿が多いと判断します。輸入細動脈を締めることで尿を減らそうとするわけです。これを尿細管糸球体フィードバックと呼びますが、Cl濃度の高い生理食塩水ではこのフィードバックが起こりやすいために、腎血流量を減少させて急性腎障害の誘因になっている可能性があります。
②代謝性アシドーシス
続いて、Cl濃度が高いと代謝性アシドーシスを来すリスクがある理由について説明します。そもそも、「代謝性アシドーシス」とはなんでしょうか?
ヒトの細胞が正常に機能するためには、血液のpHは7.35~7.45 (7.40±0.05) 、ややアルカリ性寄りの極めて狭い範囲に維持されていなければなりません。
代謝性アシドーシスとは、「腎臓のせいで血液が酸性寄り(pH7.35以下)に傾いてしまっている状態」とイメージしてください。厳密には腎臓以外が原因で起こる場合もあるのですが、高Cl性のアシドーシスは腎臓が関与しています。
ヒトの身体は様々な酵素が働くことで恒常性を維持していますが、この酵素はpHが7.4からずれると正常に働くことができなくなります。高校化学で「最適pH」や「最適温度」という言葉を聞いた事があるかと思います。代謝性アシドーシスの状態では最適pHから逸脱してしまうために、人体の正常な働きを妨げていることになるのです。
pHを厳密にコントロールする2つの臓器
血液のpHは、酸性成分の二酸化炭素(CO2)と、アルカリ成分の重炭酸イオン(HCO3-)でコントロールされています。そして、酸塩基平衡を維持している具体的な臓器は肺と腎臓です。
CO2の量は肺で調節されます(呼吸性)。一般的な基準値は40mmHg(ミリメートル水銀)です。呼吸によって調節されるため、CO2の調節は数分~数時間と比較的速やかに起こります。
一方で、アルカリ成分であるHCO3-は腎臓で調節されます。腎臓性ではなく、代謝性と呼ぶことに注意してください。基準値は24mEq/Lです。呼吸性の変化が速やかに生じたのに対して、代謝性の変化は数日単位と比較的遅いことが特徴です。
CO2とHCO3-については通常の採血では測定ができませんが、「血液ガス」という検査で測定が可能です。救急外来や集中治療室では頻回に測定が行われていますし、一般病床でも緊急時に測定が行われることがありますので、酸塩基平衡の状態を評価するためにこの2項目の基準値は頭の片隅に入れておいてください。
代謝性アシドーシスとは「腎臓のせいで血液が酸性に傾いている状態」と説明しました。つまり、腎臓で調節しているアルカリ成分であるHCO3-濃度が減少し、相対的にCO2の力が強まっている状態が代謝性アシドーシスです。
なんだか難しくなってきたなあ
今日の内容は少し難しいかもしれませんね。しかし難しいことと理解しなくてよいことは同じではありません。頑張りましょう。
ひぃー
生理食塩水はなぜ代謝性アシドーシスを起こすのか?
酸塩基平衡について軽く触れたところで、生理食塩水がなぜ代謝性アシドーシスを起こすのかについて説明します。
細胞外液には陽イオンと陰イオンの両方が存在していますが、血液は電気を帯びていないため、プラスマイナスゼロになっていることは予想できます。つまり、陽イオンの数=陰イオンの数です。代表的なものを表すと下図のようになります。
陽イオンはNaイオンが大半を占めています、Kイオンも存在していますが、Naイオンに比べると非常に少ないため、ここでは無視しています。陰イオンは多々あり、一番多いものはClイオンです。「Na-Cl=36」と説明しましたが、この36が残りの陰イオンになります。酸塩基平衡の項で出てきたアルカリ成分であるHCO3-が24です。残りの12はアニオンギャップ(AG)と呼ばれ、測定できないイオンが多々混ざっています。つまり、Na-Cl=36=AG+HCO3が成り立ちます。
生理食塩水を投与するとNaイオンとClイオンの量が増えます。このとき、HCO3-の「量は変わらない」一方で、「HCO3-濃度は希釈されて減少する」ことが下図から分かります。
HCO3-はアルカリ成分ですので、この濃度が低下することは相対的に酸性に傾くことを意味しています。
段階を踏んで説明しましたが、Cl濃度の高い生理食塩水が代謝性アシドーシスを来す理由は理解できましたか?リンゲル液は生理食塩水に比べてCl濃度が低いことに加えて、重炭酸が含有されています。つまり、生理食塩水で問題となるアシドーシスを予防することが期待できます。
酢酸リンゲル液であるソリューゲンは直接的には重炭酸を含んでいませんが、酢酸が肝臓での代謝を経て重炭酸へ変換されるため、重炭酸リンゲルと同じ役割を果たすことができます。基本的にリンゲル液間での使い分けはなく、どのリンゲル液を選択しても構いません。
Advanced : あえて生理食塩水を使用するのはどんな時?
細胞外液補充には生理食塩水ではなくリンゲル液を使用する理由を説明しました。それでは、あえて生理食塩水を使用する場面はどんな時なのでしょうか?
今までの説明を踏まえて考えてみてください。
正解は…血液がアルカリに傾いている状態、特に代謝性アルカローシスの際です。生理食塩水がアシドーシスをきたすことを利用して補正するのです。
代謝性アルカローシスの病態は代謝性アシドーシスの逆をイメージしてください。つまり、アルカリ成分である重炭酸イオンが何らかの原因で貯留しているために、血液のpH>7.4となっている状態を指します。
実はこの代謝性アルカローシスは入院患者で最も頻度が高い酸塩基平衡と報告されています。特にpHが7.6を超える場合は死亡率が50%に及ぶことも報告されています。その病態は複雑ですが、血液がアルカリに傾いている状態(=アルカレミア)では酸素解離曲線が左方移動するために、末梢虚血を来すことが病態の一要素を占めています。
酸素乖離曲線が左方移動?どゆこと?
平たく言うと、末梢組織などの酸素濃度の低いところでヘモグロビンが酸素を離しにくくなるってことだね。
酸塩基平衡異常の中で最も頻度が高い代謝性アルカローシスですが、その原因を下図にしまします。胃酸が排出される嘔吐や胃管の留置がイメージしやすいと思います。臨床ではループ利尿薬やチアジド利尿薬、血管内脱水などが原因として多いです。特に利尿薬が代謝性アルカローシスを来すということは覚えておきましょう。
よく使われる利尿薬でアルカローシスですか?うそー フロセミド注の添付文書には『頻度不明』で書かれているくらいだし滅多にないんじゃないんです?
添付文書に詳しい記載はないかもしれないけれど、利尿薬の使用によって低Kや低Cl、脱水などアルカローシスの危険因子が増えることになるんだ。実際、著者【の】は代謝性アルカローシスを見つけて治療に貢献した経験が何回もあるよ。
代謝性アルカローシスの証明は血液ガス検査で行いますが、救急外来や集中治療室はともかく一般病床で血液ガスを採取する場面はほとんどありません。
ではどうやって発見すればいいのでしょうか?
そこで、先ほど紹介した「Na-Cl=36」を利用します。例えば、Na-Cl>36になっている場面を想像してください。Na-Cl=AG+HCO3と説明したので、①AGの増加か、②HCO3の増加が原因と予想できます。
結論からいうと、①AGの増加はありえません。というのも、AGが増加した場合はHCO3がその分減少するため、Na-Clは結果として変わることがないためです。これはそういうものだと思ってください。よって、Na-Cl>36の原因は②HCO3の増加が原因です。採血結果でClイオンに注目することはあまりないかもしれませんが、このように代謝性アルカローシスの存在に気づくきっかけにすることができます。その場合、利尿剤の副作用ではないか?と疑うことができると良いですね。
おわりに
本記事では、生理食塩水ではなくリンゲル液が細胞外液補充に使用される理由について説明しました。最後は難しい内容だったかもしれませんが、いかがでしたでしょうか。
患者の代謝性アルカローシスを最初に発見するのは薬剤師かもしれません。本記事の内容だけでは現場での対応には不十分ですが、まずは周辺知識をインプットしておいてくださいね。
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