前回の記事では全身循環について説明しました。
簡潔に振り返ると、循環とは各種臓器へ酸素を届けることであり、酸素は生命活動に必要なATPの産生に必要不可欠でしたね。全身循環の大まかな流れとしては、静脈から心臓へ血液が戻り、心臓が収縮して動脈へ血液を送ります。
今回の記事では、循環が成立するために必要な3要素について説明していきます。
循環の3要素とは?
循環の3要素は心臓の1回拍出量(心臓が1回の収縮でどれだけの血液を送り出せるか)を規定するものです。
結論から示すと、循環は「前負荷」、「心収縮力」、「後負荷」から成ります。
これらはそれぞれ以下のような対応関係にあります。
心臓を中心とした血流の前後関係に注目すると、上図のように血液が心臓に戻る「前」が静脈であり、また心臓から出ていった「後」は動脈を通るため、このような名称になっています。
身近なバイタルサインである血圧と、循環の3要素の関係は以下のようになっています。
聞き慣れない単語がいっぱい出てきたぞ?!
全体像から説明したから、少しややこしく感じるかも。一つずつ見ていこうか。今回は3要素のうち、前負荷について学んでいくよ。
前負荷 (静脈) =血管内水分量
よくあるイメージとして、先ほどの図のように静脈と動脈が同じような太さで描かれることが多いですね。このような図だと静脈と動脈で血液量が同じような印象を受けますが、実際は全く異なります。
血液の大半は静脈内にあります。そのため静脈は容量血管とも呼ばれています。前負荷(=静脈)が血管内水分量を表しているのはそのためです。
心不全患者で認められる頸静脈怒張という身体所見がありますが、「動脈」ではなく「静脈」が怒張します。心不全からのうっ血により、静脈の水分量が更に増大しているためです。静脈は血液の貯蔵庫のようなイメージを持ってください。
心臓を注射器に例えると、シリンジ内の水分が前負荷です。前負荷、すなわち水分が多いほど、たくさんの血液を心臓は拍出することができます。
弓を引くほど矢は遠く飛ぶ、血液も同じ
「Frank-Starlingの法則」を聞いたことはあるでしょうか。前負荷と心拍出量の関係を説明したものです。前負荷 (血管内水分量) が多いほど心臓が引き延ばされ、心拍出量が増大します。弓を手前に引けば引くほど遠くに飛ぶといったイメージです。
前負荷の異常について考えてみましょう。
【問題】 下図の①と②では何が起きていて、どう対応すればよいでしょうか?
曲線の左側(①)では前負荷が少ないために心拍出量が低下しています。
この場合は、血管内水分量が少ないということですので、生理食塩水やリンゲル液などの細胞外液補充液を使用することで解決できます。
曲線の右側(②)は①の逆で、血管内水分量が多すぎることが問題です。心拍出量は問題なさそうに見えますが、体内に多すぎる水分が貯留しうっ血することにに繋がります。首を見ると頸静脈怒張があるかもしれません。
この時の対応としては、利尿薬で水を抜いたり、静脈拡張薬で心臓の負担を減らすことが挙げられます。
利尿薬は輸液の逆だから何となくわかるけど、静脈拡張薬とは??と思われたでしょうか。例えを使いながら静脈拡張薬について見ていきましょう。
なぜ硝酸薬は静脈を拡張するのか
上図をみてください。動脈側からの血流(蛇口)が上から降り注いでおり、排水口を通じて血液は心臓へ戻っていきます。ここで重要なのは、「排水口の位置」です。排水口より上側の血液は心臓へ戻ることができますが、下側の血液は戻ることができません。前者は全身循環に寄与し、前負荷に相当します。一方で後者は排水口を通れないため、循環に寄与することはありません。
静脈は「血液の貯蔵庫」と説明しましたが、このように排水口の下に血液を貯めこんでいます。何となくイメージがつかめましたか?
静脈拡張薬としては、ニトログリセリンに代表される硝酸薬が有名です。
硝酸薬を使用すると以下のようになります。
静脈が拡張することで、排水口より上側の血液が減少したのが分かりますか?硝酸薬により、心臓が処理しなければならない血液量が減り、結果的に心臓の負担が軽減するといったイメージです。
ではなぜ硝酸薬は静脈を拡張するのでしょうか?色々な考え方があるのですが、私が分かりやすいと感じたものを1つ紹介します。
硝酸薬の活性本体はNO(一酸化窒素)であり、強力な血管拡張作用を有しています。一方でNOは本来不安定な物質で、酸素と反応して安定なNO2(二酸化窒素)となります。
動脈内の血液は酸素が豊富ですので、NOがすぐにNO2へ変わります。そのため血管拡張作用は期待できません。(投与量を増やすことで動脈拡張作用も期待できます。)一方で静脈内の血液には酸素が少ないため、NOのまま活性を保つことができます。
硝酸薬は静脈への選択性が強い理由が理解できましたか?
今回は循環の3要素の1つである前負荷について主に説明しました。輸液については別記事で説明していますので、必要に応じて参照してくださいね。
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